バスケットボール著名人
2006年12月18日
やりぬく気質~宮地陽子さんとお会いして
12月16日のBakersfield戦で田臥選手の試合を見に行く際、NBAのライターとして有名な宮地陽子さんがロサンゼルス周辺に住んでいるということを知ったので、お会いして話をできればと思い連絡をしたところ、直接お話していただけることになった。
アリーナの会場と同時に入場し、宮地さんとお会いする。試合開始ぎりぎりまで約40分近く、お話させていただいた。
聞いたのは基本的にプレーヤー、マネジメント系問わず、日本人のアメリカへの挑戦の状況。中川選手や、大宮選手などの話をし、また現在インターン生がフィラデルフィアにいて、今はMLBのフィリーズにいるということ、サンアントニオにインターンしている学生、またクリッパーズにもインターンがいることなどを話す。そして、Jamsにも運営側のインターンが一人、またコーチのインターンがいることも伺った。(ちなみに運営側のインターンの方とは試合の休憩中に会い、連絡先を交換したのだが、彼は仕事中だったこともあり、いつかまた会うことを約束して別れた。)
そして本題に入る。田臥選手のことについてだ。ずっと疑問に思っていたのが、田臥選手は日本からどんなサポートを受けているのかということ。きっと企業や、協会からサポートがあるだろうと予想し、NBAへの挑戦する環境を整えるにはどういう条件が必要なのか、知りたかったからである。
「さて、田臥選手についてですが、田臥選手って、どんなサポートを受けているんですかね?何か知っていますか」
単刀直入に聞いてみた。そうすると、宮地さんの穏やかだった表情が急に厳しくなる。
「じゃあ、いったいどんなサポートがあると思う?」
その質問に、僕は少したじろいでしまった。
「えー、ナイキとか、協会とかですかね?あとホームページもすごいし・・・」
「基本的に、企業や協会から、大きな支援があるわけでは無いです。そこがみんな勘違いしがちで、田臥選手だからすごいサポートがあるかと思っているかもしれないですが、それは違います。田臥選手が特別という視点をもってしまったら、彼の挑戦から何も学べない。」
ナイキからもお金はもらっているものの、それは慈善活動的なサポートではなく、広告やシグネチャー契約による、単なるビジネスとしての契約。それ以上のものはもらっていないとのこと。基本的にトレーナーや、サポートのスタッフも自分のお金で雇っている。これらの費用を見通して、トヨタで1年間プレーした際に節制してお金をためていたそうだ。
他の選手が田臥選手に追いつけないのは、明らかに準備不足、単に努力を田臥選手よりしていないのもあるし、本気で達成しようとしていないからだ、と宮地さんはいう。それに対し、田臥選手は、大学選び、またトヨタでの1年間と、常にNBAを見据えていた。いつでも彼の頭の中では、NBAで自分がプレーをしている姿を、現実味を持って想像していたのだろう。田臥選手の高校9連覇。この伝説を越える選手はまだ日本にはいない。つまり、日本人は全員、田臥選手より努力しなければ、さらに現実味を持った戦略を立てなければ、NBAではプレーできないということなのだ。さらに9連覇の自体すら、彼の努力によって勝ち取ったものなのだということも忘れてはならない。「彼のNBA達成は、彼の努力の賜物」それを宮地さんは何度も何度も強調した。
アメリカに来てどうにかなるほどNBAへの挑戦は甘くはない。アメリカのトライアウトで活躍するには、まず時差ぼけに慣れていること。しっかり寝られる環境があること。渡米直後から調整できるジムがあること。孤独な環境に慣れていること等が重要になる。さらにステップアップしていくにつれて、必要なものは高まる。英語力を含めたコミュニケーション能力。Visa発行がオファーされたときの弁護士の体制。安いものはファーストフードしかないので、自炊して安く栄養を取れる能力。長期間余裕を持って暮らせるだけの資金。トラブルがあった時にすぐに助けてくれる知人、等々、渡米前に準備できることは山ほどあるのだ。
いつかCMで見た、僕の大好きなマイケルジョーダンの言葉がある。
「努力の量は問題ではない。やりぬく気質があるかどうかだ。」
うろ覚えなのでもしかしたら少し違う表現かもしれないので、間違っていたら指摘してほしい。
自分はがんばった、そんな主観的なことは誰だっていえる。だが、本当に目標を、夢を達成したいのなら、やりぬく、絶対に達成するという気持ちがあるかどうかが重要なのではないか。達成が最終目標ならば、1の努力だろうが、10の努力だろうが、達成するまでやるだけだ。
そしてやりぬくモチベーションを長期に渡って保つために、「なぜそれを達成しなければならないのか、達成したいのか」その問いにも答えられなければならない。大学でスポーツマネジメントの学生団体に所属していた際に、尊敬していた先輩が、活動量に圧倒されて困惑していた後輩に言っていた言葉。「まずWhyを自分の中で十回問え。Howはそのあと。」方法論にだけ目がいくと、根本を見失いがちだ。もし「なんで自分はこんなつらい思いまでしてNBAを目指すのだろう」その問いに答えられなければ、いずれバーンアウトするといって間違いない。ジュン安永さんが、言っていた。「NBAでプレーしている田臥君を見たけど、本当にうれしそうな表情をしてプレーしていたよ。」どうしてもNBAでプレーしたい、その気持ちが彼を突き動かし、達成した喜びが表情からもあふれ出ていたのだろう。きっとその喜びをまた味わうために今も努力しているに違いない。
強固なやりぬく意志があれば、自ずと方法論はついてくる。どう努力すれば達成できるのか、そのために1年後の自分はどうなっていなければならないのか、2年、3年、4年後までにはどのステップにたどり着かねばならないのか。短期、そして長期の視点を両方持って達成に徐々に近づいていく。本気なら現実味を持って頭の中に描けるはずだ。そしてなによりワクワクするはず。描けなければ、その時点で成功は難しいといっていい。僕も、誰がなんと言おうと、自分はNBAで働くんだと心のそこから思っていた。バスケットボールに本気でかかわっていれば、田臥選手ともいずれ会える日が来る、1度たりとも疑ったことはない。それも本当に現実になった。田臥選手は、きっとこの僕の想いとは比較にならないほどの努力と意思でNBAにプレーヤーになったのだ。
僕たちは、この事実から学ばなければならない。新たなNBA選手が誕生するのも、日本のバスケットボールが変わるのも、バスケットボールに関わる人たち全員が、本当に“やりぬく”気持ちをもてるかどうか。
田臥選手の達成が本人の努力によるもの、その事実を聞いて、僕は小さな希望を見つけた気がする。達成できるかどうかは結局自分次第なのだ。田臥選手の偉業から多くの人が学べるよう、この事実は広く語り継いでいかなければならないのではないだろうか。自分にとって本当に価値あるBakersfieldへの旅だったように思う。
ちなみに宮地陽子さんのホームページはこちら
http://homepage1.nifty.com/yokomiyaji/
僕のBlogからもリンクが張ってあるので是非訪れてみてほしい。
アリーナの会場と同時に入場し、宮地さんとお会いする。試合開始ぎりぎりまで約40分近く、お話させていただいた。
聞いたのは基本的にプレーヤー、マネジメント系問わず、日本人のアメリカへの挑戦の状況。中川選手や、大宮選手などの話をし、また現在インターン生がフィラデルフィアにいて、今はMLBのフィリーズにいるということ、サンアントニオにインターンしている学生、またクリッパーズにもインターンがいることなどを話す。そして、Jamsにも運営側のインターンが一人、またコーチのインターンがいることも伺った。(ちなみに運営側のインターンの方とは試合の休憩中に会い、連絡先を交換したのだが、彼は仕事中だったこともあり、いつかまた会うことを約束して別れた。)
そして本題に入る。田臥選手のことについてだ。ずっと疑問に思っていたのが、田臥選手は日本からどんなサポートを受けているのかということ。きっと企業や、協会からサポートがあるだろうと予想し、NBAへの挑戦する環境を整えるにはどういう条件が必要なのか、知りたかったからである。
「さて、田臥選手についてですが、田臥選手って、どんなサポートを受けているんですかね?何か知っていますか」
単刀直入に聞いてみた。そうすると、宮地さんの穏やかだった表情が急に厳しくなる。
「じゃあ、いったいどんなサポートがあると思う?」
その質問に、僕は少したじろいでしまった。
「えー、ナイキとか、協会とかですかね?あとホームページもすごいし・・・」
「基本的に、企業や協会から、大きな支援があるわけでは無いです。そこがみんな勘違いしがちで、田臥選手だからすごいサポートがあるかと思っているかもしれないですが、それは違います。田臥選手が特別という視点をもってしまったら、彼の挑戦から何も学べない。」
ナイキからもお金はもらっているものの、それは慈善活動的なサポートではなく、広告やシグネチャー契約による、単なるビジネスとしての契約。それ以上のものはもらっていないとのこと。基本的にトレーナーや、サポートのスタッフも自分のお金で雇っている。これらの費用を見通して、トヨタで1年間プレーした際に節制してお金をためていたそうだ。
他の選手が田臥選手に追いつけないのは、明らかに準備不足、単に努力を田臥選手よりしていないのもあるし、本気で達成しようとしていないからだ、と宮地さんはいう。それに対し、田臥選手は、大学選び、またトヨタでの1年間と、常にNBAを見据えていた。いつでも彼の頭の中では、NBAで自分がプレーをしている姿を、現実味を持って想像していたのだろう。田臥選手の高校9連覇。この伝説を越える選手はまだ日本にはいない。つまり、日本人は全員、田臥選手より努力しなければ、さらに現実味を持った戦略を立てなければ、NBAではプレーできないということなのだ。さらに9連覇の自体すら、彼の努力によって勝ち取ったものなのだということも忘れてはならない。「彼のNBA達成は、彼の努力の賜物」それを宮地さんは何度も何度も強調した。
アメリカに来てどうにかなるほどNBAへの挑戦は甘くはない。アメリカのトライアウトで活躍するには、まず時差ぼけに慣れていること。しっかり寝られる環境があること。渡米直後から調整できるジムがあること。孤独な環境に慣れていること等が重要になる。さらにステップアップしていくにつれて、必要なものは高まる。英語力を含めたコミュニケーション能力。Visa発行がオファーされたときの弁護士の体制。安いものはファーストフードしかないので、自炊して安く栄養を取れる能力。長期間余裕を持って暮らせるだけの資金。トラブルがあった時にすぐに助けてくれる知人、等々、渡米前に準備できることは山ほどあるのだ。
いつかCMで見た、僕の大好きなマイケルジョーダンの言葉がある。
「努力の量は問題ではない。やりぬく気質があるかどうかだ。」
うろ覚えなのでもしかしたら少し違う表現かもしれないので、間違っていたら指摘してほしい。
自分はがんばった、そんな主観的なことは誰だっていえる。だが、本当に目標を、夢を達成したいのなら、やりぬく、絶対に達成するという気持ちがあるかどうかが重要なのではないか。達成が最終目標ならば、1の努力だろうが、10の努力だろうが、達成するまでやるだけだ。
そしてやりぬくモチベーションを長期に渡って保つために、「なぜそれを達成しなければならないのか、達成したいのか」その問いにも答えられなければならない。大学でスポーツマネジメントの学生団体に所属していた際に、尊敬していた先輩が、活動量に圧倒されて困惑していた後輩に言っていた言葉。「まずWhyを自分の中で十回問え。Howはそのあと。」方法論にだけ目がいくと、根本を見失いがちだ。もし「なんで自分はこんなつらい思いまでしてNBAを目指すのだろう」その問いに答えられなければ、いずれバーンアウトするといって間違いない。ジュン安永さんが、言っていた。「NBAでプレーしている田臥君を見たけど、本当にうれしそうな表情をしてプレーしていたよ。」どうしてもNBAでプレーしたい、その気持ちが彼を突き動かし、達成した喜びが表情からもあふれ出ていたのだろう。きっとその喜びをまた味わうために今も努力しているに違いない。
強固なやりぬく意志があれば、自ずと方法論はついてくる。どう努力すれば達成できるのか、そのために1年後の自分はどうなっていなければならないのか、2年、3年、4年後までにはどのステップにたどり着かねばならないのか。短期、そして長期の視点を両方持って達成に徐々に近づいていく。本気なら現実味を持って頭の中に描けるはずだ。そしてなによりワクワクするはず。描けなければ、その時点で成功は難しいといっていい。僕も、誰がなんと言おうと、自分はNBAで働くんだと心のそこから思っていた。バスケットボールに本気でかかわっていれば、田臥選手ともいずれ会える日が来る、1度たりとも疑ったことはない。それも本当に現実になった。田臥選手は、きっとこの僕の想いとは比較にならないほどの努力と意思でNBAにプレーヤーになったのだ。
僕たちは、この事実から学ばなければならない。新たなNBA選手が誕生するのも、日本のバスケットボールが変わるのも、バスケットボールに関わる人たち全員が、本当に“やりぬく”気持ちをもてるかどうか。
田臥選手の達成が本人の努力によるもの、その事実を聞いて、僕は小さな希望を見つけた気がする。達成できるかどうかは結局自分次第なのだ。田臥選手の偉業から多くの人が学べるよう、この事実は広く語り継いでいかなければならないのではないだろうか。自分にとって本当に価値あるBakersfieldへの旅だったように思う。
ちなみに宮地陽子さんのホームページはこちら
http://homepage1.nifty.com/yokomiyaji/
僕のBlogからもリンクが張ってあるので是非訪れてみてほしい。
2006年12月17日
Meeting to Yuta
「僕もいつかNBAの正社員になれるように頑張るので、もう一度NBAに返り咲けるように頑張ってください!」
「おう、お互い頑張ろう!」
この会話を僕は一生忘れることはないと思う。
今日は、BakersfieldまでNBAの田臥選手の所属するJamの試合を一人で見に行ってきた。ロサンゼルス市内からバスで約2時間15分。
会場と同時にアリーナに入る。NBAのライターとして有名な宮地陽子さんと事前に会う約束をしていたので、アリーナ内でバスケットボールの現状などについて話す(とても面白い話を聞けたので、後日に別の記事としてアップします)。チケットの料金は$27くらいで一番良い席に座れる。わざわざシアトルから来たのだからとケチらずに一番高いチケットを迷わず購入。おかげで田臥選手の表情もしっかり見える。

さすがに演出などは本場のNBAには劣るが、専属のチアガールもいるし、スクリーンもしっかりあり、なかなか設備はしっかり整っている。NBAと同じく選手入場では会場を暗くし、低く太い声でアナウンスが入る。クリスマスシーズンということもあり、数人選手がサンタの帽子を被っていた。田臥選手もその一人で、被ったり指でぐるぐる回したりしていた。

名前を呼ばれた選手は中央に登場して、観客に帽子を投げる。田臥選手の名前が最後に呼ばれ、センターサークル付近に駆け込んでくる。

僕はずっとカメラを回していた。カメラのスクリーン越しに田臥選手が近づいてくるのが見える。

そして帽子を観客に向かって投げ、帽子がカメラのスクリーンから消える。

どこかと思ってカメラから目をはずす。そうするとなんと帽子が自分の頭上に!!手を伸ばし、やった、とった!と思った瞬間、となりに座っていたアメリカ人が力強くキャッチ。となりで「やったぜ」といわんばかりにニコニコしている。自分の鈍臭さと、万に一のチャンスを逃したことに絶望して、一人で灰になっていた。すっとうつむいたまま、しばらく顔を上げられなかった。そうしたら「I’m gonna give you」とその帽子を取ったアメリカ人があまりに落ち込んでいる僕を見かねて帽子をくれたのである!僕が日本人であり、しかも一人で見に来ていることから、田臥選手の大ファンだということを察知したのだろう。しかも恋人にふられたかのような落ち込みっぷり。僕は興奮のあまり「Thank you, Thank you guys!!!」と何度も何度もお礼を言い、強く握手をした。僕は興奮のあまり、手が震えてしまって、しばらくまともに写真が撮れなかった。
1クォーターの途中で、陽気なアメリカ人二人が隣に来る。僕の席が一番の席だったとこともあり、シーズンパスを持っている人や、関係者の人が多く、その二人のうちの一人もオーナーと何かしら繋がりがあるようで、チームのことについて内情を少し知っていた。僕の容姿が明らかに日本人の為に、田臥選手のことを色々聞いてくる。「彼、早いよね!」「日本人で初のNBAプレーヤーなんだろ?」「なかなかいい選手だよね」と、そこそこ田臥選手のこと自体もしっているようだった。英語読みするとTabuseはタブーシーになるらしく会場でもタブーシー、タブーシーといって応援している人も多く、かなり注目の選手のようである。そしてこの日、新加入のかなりいいガードがいることも教えてくれる。マクナマラ、なんだか聞いたことのある響き。出身を聞いてみて、思い出した。NCAAディヴィジョン?のチーム、シラキュースで活躍していたポイントガードのマクナマラだったのである。シラキュースはカーメロ・アンソニーもいたチームで、マクナマラはカーメロとプレーしていた時期がある。そんないい選手が入ってきたら田臥選手のプレータイムが削られてしまうのでは、そんな考えを頭がよぎった。しかしながら、その心配は無用だった。田臥選手はチームの中でも中心的な活躍。

もちろんある程度マクナマラとプレータイムをシェアしなければならないのは事実だが、重要な場面では必ず田臥選手が監督に呼ばれ、試合に出ていた。ピックアンドロールからのジャンプストップシュートや、速攻をリードするプレーなど、明らかにこの日一番目立っていた。中盤まではよかったのだが、ゲーム終盤で、シュートがなかなか入らず、また決定的な場面で、ドリブルスクリーンでパスをしようとしたところをディフェンスに入られてしまい、致命的なターンオーバーをしてしまうなど、いまいち波にのれなかったのが残念。本人の表情からも、自分のミスを悔やんでいるのが伺えた。残念ながら終盤Jamはコントロールを失い、残り2分を切った時点では、もう負けが決定してしまっているような状態になってしまった。
チームの日本人オーナーが近くに座っていたので、話しかけてみると、試合終了後サイン会があるらしく、しかも今日は田臥選手が来る可能性が高いとのこと。試合終了後にサインボールと、キャッチした帽子を持ってサインブースに駆け込む。アメリカ人にも田臥選手は人気らしく、「タブーシーは来るのか?タブーシーは日本のマイケルジョーダンらしいねえ」などと言っている人もいた。ところがなかなか田臥選手が現れない。ホームゲーム毎試合ローテーションで4人ずつサインブースに現れるらしいのだが、終に最後の4人目まで来てしまった。僕はどうしても諦められなかった。オーナーが来るといっていて、期待感が高かったためになおさらだ。僕同様、諦めきれずに待っている日本人もいる。そこで、従業員に田臥選手は来ないのかと駄目もとで聞いてみる。すると少し待っていてくれとのこと。何かを確認しに一度消えた後に戻ってきて、田臥選手を連れてくるから待っていてくれと告げ、またどこかに消えていった。しかし待っても待っても現れない。他の従業員は、アリーナをもう閉めなきゃいけないというようなことを言っている。やっぱり駄目かと思った時、従業員が戻ってきて、田臥選手に会わせて上げるから、コートまで降りてきてほしいと言われる。心の中で大きくガッツポーズをした後、サインボールとゲットしたサンタクロースの帽子、そしてサインペンをバッチリ準備してコートサイドへ降りていく。そこからまた少し待つ。その間にJamのオーナーと話したのだが、彼はゆくゆくはNBAのチームを所有したいらしい。Dリーグのチームを所有しているのはその伏線らしい。なんともスケールの大きな話でビックリしてしまった。もし日本のオーナーが誕生すれば、日本のマーケットが少しは注目されるはず。そうすればプレーヤーも含め、日本のバスケットに様々なメリットがあるはず。全く関係ないビジネスで大金持ちになり、NBAのチームを買収することで日本バスケに貢献する、そんな貢献の仕方もあるのだなあと、ふと思った。そんな話もあって、しばらくし、本当に田臥選手が出てきてくれたのである!
さすがに試合内容が良くなかっただけに、満面の笑みとはいかなかったが、一人一人に丁寧にサイン、そして写真に応じてくれる。


実際に見て思ったのが、本当におしゃれだということ。試合中はヘッドバンドをしていて気付かなかったのだが、毛先に軽くパーマをかけており、髪の毛の色もさりげなく茶色という感じで、カッコいい!率直に思った。スター選手のルックスがいいのはスポーツを盛り上げるのに重要な要素のひとつ。
そしてみんなのサインを終え、田臥選手が帰ってしまう間際、長々と引き止めては迷惑だということは分かっていたのだが、どうしてもソニックスのインターンシップを獲得できるまでたくさんエネルギーをくれたことの感謝の気持ちを伝えたくて、思い切って話しかけた。
「田臥さん、僕、田臥さんを見てアメリカに挑戦することを決めたんですが、今ソニックスでインターンをしているんです。」
あまりに唐突だったので少し困惑した感じで
「え、どこ?」
と聞き返してきた。
「ソニックスです。シアトルの。」
すると少し驚いた表情で
「おぉ!本当に?」
「3月に日本に帰らねばならないので、すぐには無理ですが、僕もいつかNBAの正社員になれるように頑張るので、もう一度NBAに返り咲けるように頑張ってください!」
「おう、お互い頑張ろう!」
そして田臥選手はロッカールームへと帰っていった。
もっともっと感謝をしていることをもっと伝えたかったのだが、興奮と緊張で頭がこんがらがってしまい、これが精一杯の言葉だった。きっと田臥選手は意識せずに使ったのだと思うが、夢に見た憧れの選手が「お互い」という言葉を使ってくれたのが僕にはうれしくてたまらなかった。自意識過剰なのは分かっている。けれど、自分の心のエネルギーの源泉として、いつまでもこの時の感動を忘れないでいたい。こういった感動をもっともっと作れるように頑張らねば!


お金も時間もかなりかかったBaker Fieldへの旅だったが、ものすごく行った甲斐があった。憧れのNBAでのインターン。憧れた選手との出会い。本当に今が楽しくて仕様がない!!!
「おう、お互い頑張ろう!」
この会話を僕は一生忘れることはないと思う。
今日は、BakersfieldまでNBAの田臥選手の所属するJamの試合を一人で見に行ってきた。ロサンゼルス市内からバスで約2時間15分。
会場と同時にアリーナに入る。NBAのライターとして有名な宮地陽子さんと事前に会う約束をしていたので、アリーナ内でバスケットボールの現状などについて話す(とても面白い話を聞けたので、後日に別の記事としてアップします)。チケットの料金は$27くらいで一番良い席に座れる。わざわざシアトルから来たのだからとケチらずに一番高いチケットを迷わず購入。おかげで田臥選手の表情もしっかり見える。

さすがに演出などは本場のNBAには劣るが、専属のチアガールもいるし、スクリーンもしっかりあり、なかなか設備はしっかり整っている。NBAと同じく選手入場では会場を暗くし、低く太い声でアナウンスが入る。クリスマスシーズンということもあり、数人選手がサンタの帽子を被っていた。田臥選手もその一人で、被ったり指でぐるぐる回したりしていた。

名前を呼ばれた選手は中央に登場して、観客に帽子を投げる。田臥選手の名前が最後に呼ばれ、センターサークル付近に駆け込んでくる。

僕はずっとカメラを回していた。カメラのスクリーン越しに田臥選手が近づいてくるのが見える。

そして帽子を観客に向かって投げ、帽子がカメラのスクリーンから消える。

どこかと思ってカメラから目をはずす。そうするとなんと帽子が自分の頭上に!!手を伸ばし、やった、とった!と思った瞬間、となりに座っていたアメリカ人が力強くキャッチ。となりで「やったぜ」といわんばかりにニコニコしている。自分の鈍臭さと、万に一のチャンスを逃したことに絶望して、一人で灰になっていた。すっとうつむいたまま、しばらく顔を上げられなかった。そうしたら「I’m gonna give you」とその帽子を取ったアメリカ人があまりに落ち込んでいる僕を見かねて帽子をくれたのである!僕が日本人であり、しかも一人で見に来ていることから、田臥選手の大ファンだということを察知したのだろう。しかも恋人にふられたかのような落ち込みっぷり。僕は興奮のあまり「Thank you, Thank you guys!!!」と何度も何度もお礼を言い、強く握手をした。僕は興奮のあまり、手が震えてしまって、しばらくまともに写真が撮れなかった。
1クォーターの途中で、陽気なアメリカ人二人が隣に来る。僕の席が一番の席だったとこともあり、シーズンパスを持っている人や、関係者の人が多く、その二人のうちの一人もオーナーと何かしら繋がりがあるようで、チームのことについて内情を少し知っていた。僕の容姿が明らかに日本人の為に、田臥選手のことを色々聞いてくる。「彼、早いよね!」「日本人で初のNBAプレーヤーなんだろ?」「なかなかいい選手だよね」と、そこそこ田臥選手のこと自体もしっているようだった。英語読みするとTabuseはタブーシーになるらしく会場でもタブーシー、タブーシーといって応援している人も多く、かなり注目の選手のようである。そしてこの日、新加入のかなりいいガードがいることも教えてくれる。マクナマラ、なんだか聞いたことのある響き。出身を聞いてみて、思い出した。NCAAディヴィジョン?のチーム、シラキュースで活躍していたポイントガードのマクナマラだったのである。シラキュースはカーメロ・アンソニーもいたチームで、マクナマラはカーメロとプレーしていた時期がある。そんないい選手が入ってきたら田臥選手のプレータイムが削られてしまうのでは、そんな考えを頭がよぎった。しかしながら、その心配は無用だった。田臥選手はチームの中でも中心的な活躍。

もちろんある程度マクナマラとプレータイムをシェアしなければならないのは事実だが、重要な場面では必ず田臥選手が監督に呼ばれ、試合に出ていた。ピックアンドロールからのジャンプストップシュートや、速攻をリードするプレーなど、明らかにこの日一番目立っていた。中盤まではよかったのだが、ゲーム終盤で、シュートがなかなか入らず、また決定的な場面で、ドリブルスクリーンでパスをしようとしたところをディフェンスに入られてしまい、致命的なターンオーバーをしてしまうなど、いまいち波にのれなかったのが残念。本人の表情からも、自分のミスを悔やんでいるのが伺えた。残念ながら終盤Jamはコントロールを失い、残り2分を切った時点では、もう負けが決定してしまっているような状態になってしまった。
チームの日本人オーナーが近くに座っていたので、話しかけてみると、試合終了後サイン会があるらしく、しかも今日は田臥選手が来る可能性が高いとのこと。試合終了後にサインボールと、キャッチした帽子を持ってサインブースに駆け込む。アメリカ人にも田臥選手は人気らしく、「タブーシーは来るのか?タブーシーは日本のマイケルジョーダンらしいねえ」などと言っている人もいた。ところがなかなか田臥選手が現れない。ホームゲーム毎試合ローテーションで4人ずつサインブースに現れるらしいのだが、終に最後の4人目まで来てしまった。僕はどうしても諦められなかった。オーナーが来るといっていて、期待感が高かったためになおさらだ。僕同様、諦めきれずに待っている日本人もいる。そこで、従業員に田臥選手は来ないのかと駄目もとで聞いてみる。すると少し待っていてくれとのこと。何かを確認しに一度消えた後に戻ってきて、田臥選手を連れてくるから待っていてくれと告げ、またどこかに消えていった。しかし待っても待っても現れない。他の従業員は、アリーナをもう閉めなきゃいけないというようなことを言っている。やっぱり駄目かと思った時、従業員が戻ってきて、田臥選手に会わせて上げるから、コートまで降りてきてほしいと言われる。心の中で大きくガッツポーズをした後、サインボールとゲットしたサンタクロースの帽子、そしてサインペンをバッチリ準備してコートサイドへ降りていく。そこからまた少し待つ。その間にJamのオーナーと話したのだが、彼はゆくゆくはNBAのチームを所有したいらしい。Dリーグのチームを所有しているのはその伏線らしい。なんともスケールの大きな話でビックリしてしまった。もし日本のオーナーが誕生すれば、日本のマーケットが少しは注目されるはず。そうすればプレーヤーも含め、日本のバスケットに様々なメリットがあるはず。全く関係ないビジネスで大金持ちになり、NBAのチームを買収することで日本バスケに貢献する、そんな貢献の仕方もあるのだなあと、ふと思った。そんな話もあって、しばらくし、本当に田臥選手が出てきてくれたのである!
さすがに試合内容が良くなかっただけに、満面の笑みとはいかなかったが、一人一人に丁寧にサイン、そして写真に応じてくれる。

終に憧れの田臥選手と一枚

ファンにサインする田臥選手
実際に見て思ったのが、本当におしゃれだということ。試合中はヘッドバンドをしていて気付かなかったのだが、毛先に軽くパーマをかけており、髪の毛の色もさりげなく茶色という感じで、カッコいい!率直に思った。スター選手のルックスがいいのはスポーツを盛り上げるのに重要な要素のひとつ。
そしてみんなのサインを終え、田臥選手が帰ってしまう間際、長々と引き止めては迷惑だということは分かっていたのだが、どうしてもソニックスのインターンシップを獲得できるまでたくさんエネルギーをくれたことの感謝の気持ちを伝えたくて、思い切って話しかけた。
「田臥さん、僕、田臥さんを見てアメリカに挑戦することを決めたんですが、今ソニックスでインターンをしているんです。」
あまりに唐突だったので少し困惑した感じで
「え、どこ?」
と聞き返してきた。
「ソニックスです。シアトルの。」
すると少し驚いた表情で
「おぉ!本当に?」
「3月に日本に帰らねばならないので、すぐには無理ですが、僕もいつかNBAの正社員になれるように頑張るので、もう一度NBAに返り咲けるように頑張ってください!」
「おう、お互い頑張ろう!」
そして田臥選手はロッカールームへと帰っていった。
もっともっと感謝をしていることをもっと伝えたかったのだが、興奮と緊張で頭がこんがらがってしまい、これが精一杯の言葉だった。きっと田臥選手は意識せずに使ったのだと思うが、夢に見た憧れの選手が「お互い」という言葉を使ってくれたのが僕にはうれしくてたまらなかった。自意識過剰なのは分かっている。けれど、自分の心のエネルギーの源泉として、いつまでもこの時の感動を忘れないでいたい。こういった感動をもっともっと作れるように頑張らねば!

サインしてもらったミニボール

田臥選手が投げた帽子
お金も時間もかなりかかったBaker Fieldへの旅だったが、ものすごく行った甲斐があった。憧れのNBAでのインターン。憧れた選手との出会い。本当に今が楽しくて仕様がない!!!